センター便り 2017年8月 |
夏の風物詩といえば、炎天、入道雲、夕立、花火、高校野球、蝉(セミ)の声…。蝉の声? 先日、関西へ行ったときには頭上から降るような蝉の声に圧倒されましたし、夕方には涼しげなヒグラシの声に懐かしさを感じましたが、そういえば、今年は東京であまり蝉の声を聴いていないような気がします。 蝉は幼虫として地下で10年もの長い間を過ごし、一生懸命に縦穴を掘ってやっと地上に出て、そして羽化して成虫になります。しかし、幼虫として地下で眠っている10年のうちに、地表面がコンクリートで覆われてしまったら、地上に出られないままに一生を終えてしまう蝉もいるのではないか。東京ではそんな蝉が増えて、蝉の鳴き声が減ってしまったのではないか。そんなことを考えると、コンクリートに覆われたこの都心で、我々が日常に感じている息苦しさの理由が少しわかったような気がしました。 先日、ある選挙ポスターに、聴診器を首にかけた候補者が写っているのを見て、なるほど、聴診器をかければ皆が医師に見えるな、と思ってしまいました。確かに聴診器というと、お医者さんの写真やイラストにはつきものの道具ですが、患者の皆さんの中には、聴診器って何をするのだろうと思っておられる方も多いのではないでしょうか? そこで、今回は、聴診器について書いてみたいと思います。もちろん聴診器は単なる飾りではなく、「聴診」という診察法に使われる医療器具です。体の中には音を発する臓器があり、その音で診断できることがあります。心臓では弁膜が閉じたり開いたりする音や血流の流れを、肺では気管支を空気が流れる音や肺胞が開く音を、腹部では腸の蠕動の音を聞くことができます。実際、以前は心臓弁膜症が多かったので、我々が研修医の時には聴診器で心臓の雑音を聞いて、これは僧帽弁狭窄症だとか、大動脈弁閉鎖不全だとかのトレーニングを受けました。しかし、現在では心臓弁膜症は著減したうえに、超音波などの画像診断が発達しましたので、心臓に関して聴診器の出る幕は少なくなりました。肺に関しても、聴診器の果たした役割はとても大きいのですが、最近ではX線やCTの発達により、やはり重要性は減っています。 しかし、聴診器は今でも重要な診察器具です。現在、我々が日常で最もよく使うのは、血圧の測定時の血管音です。加えて、空咳(せき)が続いたり、痰(たん)が出るなどの呼吸器症状があれば、多くの医師はまず聴診器で聴診します。そして胸部X線撮影をするかどうかを決めます。腹痛があるときなどもお腹に聴診器を当てて、腸が動いているかどうかを確かめます。息切れがするような場合も、呼吸音とともに心音も聞きます。このように聴診器は、特に内科医が内臓の病変を診断する入り口のような器具です。リウマチ性疾患の場合、関節や皮膚の診断には聴診器は使いませんが、内臓病変がある場合、いろんな合併症が生じた場合などにはとても有用な器具です。 蝉の声は誰の耳にも明らかですが、聴診器を通した音はトレーニングを積んだ医師の耳のみに届く体からのメッセージです。我々も日常診療で聴診の重要性を忘れないようにしたいと思います。 酷暑の候、くれぐれも体調を崩されませんように。 2017年8月1日 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター 所長 山中 寿 |