センター便り 2016年6月

2016.6sentahdayori

今年は春から夏への季節の動きが早いようです。5月なのに東京でも最高気温が30度を超え、真夏日を記録しました。1か月前まではコートを着ていたのに、早くも半袖の出番です。従来、衣替えは6月1日だったように思うのですが、5月に冬服なんて考えられなくなりました。もっとすごいのはインドで、先月に何と摂氏51度と言う過去最高の気温を達成したとか。ちょっと想像できないですね。まさか日本ではそんな気温にはならないでしょうが、今年は暑い夏になりそうです。

先日、テレビのNHKスペシャルで、人工知能(AI)を取り上げた素晴らしい番組があり、見入ってしまいました。今年の3月にグーグルが開発した囲碁の人工知能が、世界一と言われる韓国のプロ棋士に堂々と勝ちました。既にチェスや将棋では人工知能が人間を打ち負かしていますが、囲碁に限っては人工知能でも人間に勝つのはまだ無理と考えられていたのに、早くもその時期が来てしまったのです。人工知能もコンピューターだから、膨大な計算を素早く行って、最適の手段を選びだすのだと私も思っていましたが、どうやらそうではない。人間の思考過程を学習し、それを習得して、それを超えようとしているのだそうです。グーグルの開発会社であるディープマインド社の天才プログラマー、デミス・ハサビス氏は、人間の知性の特徴は「柔軟性と汎用性」であることに着目し、人工知能にこの特性を組みこんだのです。そして人間の知性を超えてしまった。つまり、人工知能と言う機械(失礼!)が人間になろうとし、人間を超えたのです。

実際に、人工知能を組み込んだ自動運転の自動車は間もなく実現されそうな勢いです。あと何十年かすると、人間が車の運転をすると罰せられる時代になるかもしれません。医療の画像診断でも、熟練した専門家が発見できなかった肺ガンを人工知能が難なく見つけた実例が示されていました。もうすぐ画像診断を専門とする医師は不要になります。もっと発展すれば医師は全て要らなくなるかもしれないとも思います。人工知能は第4の産業革命と言われているように、今後、我々の社会を大きく変えることは確実です。

そのように人工知能が進化しているのに、我々人間は何をしているのかと考えてみました。人間の知性の特徴である「柔軟性と汎用性」を本当に活用しているのだろうか。機械の特徴である「規則性、効率性」のほうに向かっているのではないだろうか。いろんな規則や法律を作って、人間の行動を制約し、「柔軟性と汎用性」を制限しようとしているのではないか。そのような例は身の回りにあふれています。機械が人間になろうとしているのに、人間は機械になろうとしている。こんな状況では、新発見だとかイノベーションだとかは生まれないのではないか、とまで考えました。

番組の中で、将棋の羽生善治さんが、「人間にしかできないことは何か」を考え続けていることが紹介されていました。人間と人工知能との役割の棲み分けをしなければならない時代が確実にやってきます。その時に我々がどうなるのか、我々の子孫がどうなるのか、もっと真剣に考えねばならないと思いました。人工知能を活用して、今までわからなかった病気の原因がわかる、それを利用した治療法が開発される、しかしそれを患者さんに届けるのは医師ではなく、「医師免許を持った人工知能」である、なんて世の中になる気がします。

固い話になってしまって、すみません。あまりに驚いたので、ついつい熱が入ってしまいました。梅雨入りまでのしばらくの間、初夏の気候をお楽しみください。ただし、紫外線が強いですから、十分にご注意めされますように。

2016年6月1日

東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター 所長 山中 寿