センター便り 2015年12月

2015.12sentahdayori今年もコートの季節を迎えました。予報では暖冬とのことですが、やはり冬は苦手と言う方は多いと思います。でも、冬にも楽しみはたくさんあります。私の冬の楽しみのひとつは星空です。ふと夜空を見上げて南の空にオリオン座が堂々と輝いているのを見ると、子供の頃は夢中になった天体観測を思い出します。冬の夜空は他の季節よりも明るい星が多いのです。全天一明るいシリウスをはじめ、リゲル、ベテルギウス、カペラ、プロキオンなど0等星以上の星9個のうち5個が冬空に輝いています。都会の光のために東京の夜空には明るい星しか見えませんが、それでもたまにはゆっくり星を眺めて、遠い宇宙に思いを馳せるのも良いものです。

便利な世の中になりました。携帯電話だけでなくスマホやタブレットを皆が持つようになって、情報伝達の仕方が全く変わってしまいました。こんな世の中は10年前には考えられませんでした。それ以外にも、私たちの身の回りには10年前には想像もできなかったような便利なものが溢れています。しかし、要注意。私たちは便利さと引き換えにたくさんのものを失いつつあります。

出来ないことを道具や機械にやらせるのは良いと思います。人間の能力を超えた文明の利器はいっぱいあります。人間がどんなに早く走っても新幹線には追いつけませんし、老眼になって見えなくなった目にメガネをかけるのも、この文章をインターネットで多くの人々に届けるのも、それがなければできないことばかりです。

しかし、人間の力で出来ることを、便利だからと言って道具や機械に委ねてしまうのは意味が違うように思います。そして私たちが手にした便利さの代償をたくさん支払っています。交通機関の発達で歩く距離は格段に減りました。メタボリックシンドロームやサルコペニア(筋萎縮)はその報いです。何もかもワープロ化され、手書きの機会は減りました。漢字が書けなくなったのはその報いです。カーナビが発達して目的地まで容易に運転できるようになりました。地図が読めなくなったのはその報いです。さらに自動運転の自動車が開発中とか。これで車の運転能力も確実に失われます。医師の仕事だって、検査データや画像診断が発達した結果、患者さんを診察して情報を得る能力が確実に失われつつあります。

つまり私たちが便利さを手に入れた結果として、生物として本来持っている能力を次々と失っているのです。その影響は、社会全体に大きな影響を与えています。生活習慣病はその好例かもしれません。私たちはそのことをもっと認識するべきだと思います。これからますます便利な世の中になりますが、「出来ないことは道具や機械に任せてもよいが、出来ることは出来るだけ自分でやる」ように注意したいと思います。

関節リウマチの患者さんが痛みや関節変形のために動作が不自由になった場合に、ペットボトルの栓を開けたり、ドアノブを回したりする時に自助具を使うことがあります。できない場合はもちろん自助具を使えばよいのですが、出来るのだけれども使うと便利だからとの理由で自助具を使っていると、元々の機能が低下します。睡眠導入剤も同じかもしれません。よく眠れるからといって服用しはじめて、それが習慣になると、今度は服用しないと眠れなくなることが後を絶ちません。私たち人間が与えられた天賦の才を、便利さの美名のもとに怠慢にも放棄しているというこの現状を、ひとりひとりが自覚していきたいものだと思います。

12月は師走。医師や看護師が走ることがありませんようにとお祈りすると共に、一層のご自愛をお願いいたします。

2015年12月1日

東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター 所長 山中 寿