センター便り 2015年6月

2015.6sentahdayori今年は、まだ5月のうちから季節外れに暑い日が続きました。また、火山が噴火したり、深発地震があったりして、日本列島の地下ではマグマの蠢動が活発になっているようです。このようなニュースを聞くたびに、自然の大きさを想います。マグマの大きな流れに乗って動く日本列島では、大地も不安定な存在でしかありません。その大地の上で生活する我々は、ダイナミックな地球の営みから考えれば何と小さなことかと思います。古代文明の多くは自然に対する畏敬から始まりました。科学が発展した現在でも、天変地異を畏怖する心は持ち続けていたいと思います。

考えてみれば病気も自然現象の一部です。何も体に悪いことをしていないのに、何の悪い行いもしていないのに、病気は一定の確率で起こります。もちろん生活習慣病のように自分の行いが結果的に体を害している病気もありますが、それとても同じ生活をしていても生活習慣病を発症する人と発症しない人がいます。

最近では、いろいろな疾患の発症と個人の遺伝子の組み合わせが強く関係していることがわかってきました。ヒトゲノムプロジェクトの成果で、人類の遺伝子はすべて解読されました。遺伝子診断で病気がわかる場合もあります。ある遺伝子型を持った人が、特定の薬剤を服用した場合に副作用が起こりやすいことや、薬の効果が予測できることもわかってきました。安全で効率的な医療を行うための遺伝子検査は、今後次第に増えるでしょう。原因遺伝子がわかれば治療法の開発にもつながります。痛風になりやすい人は、腎臓で尿酸を排泄する蛋白に関連した遺伝子に特徴がありますが、ある生活習慣病になりやすい遺伝子型を持った人は、その生活習慣病になるような行動を極力避けることにより、発症が防止できる時代が近づいています。科学は着実に進歩しています。

しかし、遺伝子診断に対して過度の期待を持つことの問題も考えねばなりません。例えば、もしすべての遺伝子を調べて病気になる確率がわかったとして、我々はどういう行動に出るでしょうか?病気や事故がなければ何歳まで生きるかの予測もいずれ可能になるでしょうが、それでただ一度の人生を変えるでしょうか?確かに我々の運命の少なくとも一部を遺伝子が左右しています。しかし、遺伝子が運命のすべてを握っていないことも明らかです。我々は、病気の有無にかかわらず、自然の一部である自分の生命に対する畏敬を忘れず、体をいたわり、心もいたわり、毎日を精一杯生きることを求められているように思います。

季節外れの気候がもたらしたささやかな恩恵をひとつ。このところ気温は高いのですが湿度が低い、「からっとした暑さ」が続いています。この気候は関節炎のある人々には好都合のようで、先週や今週に受診された患者さんは、概して具合の良い人が多いようです。体調も病気も自然の影響を受けて変化します。我々人間が、地球というゆりかごの中で育まれる存在であることを、あらためて認識した次第です。

6月後半は梅雨を迎えます。「じめっとした暑さ」で体調を崩されませんよう、くれぐれもご自愛願います。

2015年6月1日 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター所長 山中 寿