センター便り 2015年3月

2015.3sentahdayori

今年はずいぶん気候の変化に振り回されているような気がします。寒くなったり急に暖かくなったり、ひどい風が吹いたり、雪が降ったり。しかし、考えてみれば三寒四温という言葉がある通り、春が近づいてくる時期には高気圧と低気圧が大陸から交互にやってきて、気候が不順になる時期なのです。今年に限ったことではないのですが、厚いコートを着るのか、薄手のコートでいいのか、出かける時の服装が気がかりな毎日です。

今回は、悩ましい問題をひとつ紹介します。それはマスクです。マスクは病気の予防に有効と思われますが、マスクをかけることによる不都合もあるのです。

インフルエンザが流行る時期になると、我々医療関係者にもマスク「装着指示」が出ます。つまり患者さんに接する医療職はマスクを装用せよという命令です。インフルエンザの多くは飛沫感染であり、インフルエンザに罹患した人の咳やくしゃみで他人に伝染します。「インフルエンザにかかって、咳などの症状のある方は、特に、周りの方へうつさないために、マスクを着用しましょう」という咳エチケット運動が厚生労働省により推進されています。またマスクは保湿作用がありますから、乾燥した環境で伝染しやすいインフルエンザの予防になります。したがってインフルエンザに罹りたくないひとが予防の意味でマスクを装用するのも医学的に意味があると考えられます。

さらに3月になるとスギ花粉症で悩まされる人が増えます。スギ花粉も鼻から吸入されて鼻粘膜にアレルギーを起こしますので、マスクはその侵入を防ぐ効果が期待されます。このようにマスクは人体にとって有害な物質の侵入を防ぐという意味から、医学的に推奨されるべきものです。「お医者さんはマスクをしている人」というイメージも一部にはあると思います。

ところが、最近では病気の予防以外の使われ方もあるようで、「だてマスク」という言葉ができたとか。マスクをしているとお化粧が楽だとか、マスクをしていると他人から声をかけられることがないので気が楽だとか、本来の目的以外のマスクの利用法です。

このようにマスクはいろんな意味で有用な健康用具です。しかし私はマスクをかけることで失うものもあると思っています。

人間は人の顔を見て誰であるかを判断しています。また顔の筋肉の微妙な変化を見て、その人が喜んでいるか悲しんでいるか怒っているかなどの感情を読み取ります。マスクをかけると当然のことながら、それらの顔の機能を損ないます。道で通りすがりにマスクをしている人から挨拶をされて、誰だかわからなかったという経験をお持ちの人は多いのではないでしょうか?マスクをかけた人と話をしても、その人の表情が読み取れずにうまく話せなかったことはないでしょうか?またマスクを通った声は当然小さくなり、聞き取りにくくなります。つまりマスクは必要だが、大切なコミュニケーションを阻害する場合もあるのです。マスクをかけることによる不都合を私たちはもっと考える必要があるのではないでしょうか。

顔はその人の最も明確なシンボルであり、皆が顔を見せ合っていることで社会が成り立っている部分はあると思います。有害物質を防ぐけれども顔は見える、というような「透明マスク」ができればいいな、と思う毎日です。

冒頭に書きましたように、気候の変動しやすい時期です。くれぐれもご自愛ください。

2015年3月1日 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター所長 山中 寿