センター便り 2014年2月

私にとって冬の楽しみの一つは、美しい夜空を見ることです。夜空の星座は四季折々の特徴がありますが、冬は全天で一番明るいシリウスをはじめ一等星以上の明るい星がいっぱいでとても賑やかです。私が生まれ育った時代の郷里は光害もなく、空気も澄んでいて、とても多くの星々が見えました。すばる(プレアデス星団)が何個見えるかなどを友達と競ったものです。残念ながら東京の夜空は都会の光が溢れていて、星空がとても貧弱に見えます。本来なら肉眼では6等星まで見えるはずですが、東京では3等星がやっとでしょうか。昔見た素晴らしい星空を思い出すたびに、とても悲しくなります。

今月は、関節リウマチの治療に使われる生物学的製剤について解説します。生物学的製剤は遺伝子組み換え技術を用いて作られた抗体や受容体などのタンパク質を治療目的で投与する薬剤で、バイオ医薬品とも呼ばれるものです。これらの薬剤は、関節リウマチを悪化させる作用があるTNFやIL-6といった分子に結合して、その作用を抑制するもので、関節リウマチの痛みや腫れを抑えるだけでなく、骨関節破壊を防止し、関節の変形も防ぎます。今までのリウマチ治療薬の中では最も有効性が高く、約70%の患者さんに有効です。日本では2003年に初めて投与が開始され、現在ではレミケード、エンブレル、アクテムラ、ヒュミラ、オレンシア、シンポニー、シムジアと7種類の薬剤があります。いずれも注射薬で、点滴静注か皮下注射として使います。医療施設で点滴や皮下注射を受けることもできますが、注射のやり方を看護師などがトレーニングしたうえで、患者さんご自身が自宅で皮下注射(自己注射)ができる薬剤もあります。東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センターを受診中の関節リウマチ患者さんの20%弱が何らかの生物学的製剤の投与を受けています。患者さんにより効き目に差はありますが、概ね有効で多くの患者さんに感謝されています。
 
このように、とてもよく効く薬ですが、薬剤である限り問題点もあります。ひとつめは、強い免疫抑制作用があるので感染症を引き起こす可能性があることです。したがって結核などの感染症がある人や、感染症をおこすリスクの高い人には使えませんし、何もなくても投与中は感染予防に注意していただかねばなりません。もうひとつの問題点は高価な薬剤費です。今のところ薬剤の自己負担額は毎月5万円程度かかっています。ただし、今後医療費が改定されるともう少し安くなる可能性があります。
このような生物学的製剤はすべてのリウマチ患者さんが使う薬剤ではありません。従来の内服薬では治療できないような炎症の強い関節リウマチがあり、かつ投与しても安全だと考えられる場合に使います。安全性に危惧がある場合にはケースバイケースですので、主治医とよく相談していただきますが、場合によっては予防薬を服用しながら生物学的製剤を投与することもあります。
 
このように生物学的製剤は関節リウマチの治療を大きく変えましたが、この薬剤を使う、使わないにかかわらず、関節リウマチの治療自体がずいぶん進歩しました。治療法が進歩すれば、患者さんの症状が治療によって軽快し、病気を発症する以前のような日常生活が送れ、豊かな人生が取り戻せることを願ってやみません。病気の状態を光にあふれた都会で見る星空に例えれば、病気の軽快は、空気の澄んだ田舎で見る星空のように、たくさんの星々が見える状態かもしれません。私どもはそのための手助けをしたいと思っております。
まだまだ寒い日が続きますが、ご自愛ください。

2014年2月1日 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター所長 山中 寿