センター便り 2013年10月

空の青さに深みが増し、金木犀のふくよかな香りが辺りに漂うようになると、待ちかねた秋の到来です。今年は夏が暑かっただけに、秋の訪れを快く感じています。このような感じ方は秋の到来に限りません。雨上がりの空の清々とした晴れやかさ、悩ましい懸案が解決された時のうれしさ、渇ききった喉を潤すビールのうまさ、この世の中では、苦しい時間の後にはうれしい時間が待っています。病気の悩みもそんな風に苦しみから解放されればと、日々患者さんたちに接しながら思っています。

今月は、「寛解」という言葉について書いてみます。

「寛解」(英語ではRemission)とは、あまり耳慣れない言葉ですが、医学の世界では、これからますます使われる機会が増えるであろう言葉の一つです。国立国語研究所「病院の言葉」委員会によると、寛解(かんかい)は、「永続的か一時的を問わず、病気による症状が好転またはほぼ消失し、臨床的にコントロールされた状態を指す。すなわち、一般的な意味で完治ではないけれど、臨床的に「問題ない程度」にまで状態がよくなる、あるいはその状態が続けば寛解したと見なす」とされています。すなわち、担当の医師に「あなたの関節リウマチは寛解ですよ」と言われたら、「完治したわけではないけれど十分に病気はコントロールされています」「今は日常生活も普通にできるでしょうし、この状態が続けば、関節の変形も防げます」と言うことです。

東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センターを受診中の関節リウマチ患者さんは、ほとんどが年2回のIORRA(イオラ)調査に参加していただいていますが、主治医から手渡されるIORRA調査の報告書にDAS28という項目があります。このDAS28が2.6未満であれば、あなたはその調査の時点で寛解状態であったことを示しています。この寛解状態にある患者さんはIORRA調査が開始された2000年ではわずか5%にすぎませんでした。しかし、過去13年間の治療の進歩により、寛解状態に入った患者さんの比率はどんどん増えて、2012年秋のIORRA調査では何と51%の人が寛解状態に入っていました。この13年間でリウマチの治療が如何に大きく変わり、それが如何に患者さんの症状を改善させているかがよくわかります。

ただし、関節リウマチの寛解状態は、いろいろな薬剤を使いながらの寛解状態であることが多く、治療を止めると寛解が保てなくなる場合がほとんどです。薬剤をすべて中止しても寛解が保たれれば、それは「治癒」「完治」を意味することになりますが、現実はそんなにうまくいきません。関節リウマチの症状が強くて生物学的製剤を投与したらよく効いて寛解状態になった。治ったのではないかと考えて薬剤を中止したら、また症状がぶり返した。残念ながらこうなる場合が多いのが実情です。

いかにして寛解に導入できるかが今までの我々の関心事でしたが、これからは寛解に入った後、いかにして薬剤を止められるかが大きな研究課題になっています。病気で辛い時は何とか病気が良くなってほしいと思いますが、治療がうまくいき病気が良くなると、今度は何とか薬が止められないか、という希望が生じるのは当然の話です。どのような条件が整えば薬剤を中止できるのかを前述したIORRA調査などを通じて検討していきたいと思いますので、是非とも患者の皆様のご協力をお願いいたします。

暑い夏の後の秋風がとても心地良いように、つらい病気が寛解して普通の日常生活が送れるようになった時の喜びは、病気を経験していない人にはわからない素晴らしいものであるはずです。一人でも多くの患者さんを「寛解」に導入できますよう、そしてその先にある「治癒」「完治」を目指せますよう、より良い医療を目指して私たちも精進していきます。

急に涼しくなりました。お風邪を召して体調を崩しませんように。

2013年10月4日 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター 所長 山中 寿