センター便り 2013年8月

この夏は天気の神様のご機嫌が悪いのか、猛暑であったり、豪雨があったり、ずいぶん不順です。天気予報をする気象庁は大変だろうと思います。最近の天気予報はずいぶん精度が上がりましたし、インターネット上にいろんな情報が掲示されて、とても便利な時代になりました。天気という自然現象が予知できるようになったわけで、まさに科学技術の進歩の恩恵です。
しかしながら、それとともに自然と人間との付き合い方が変わってきたのではないかと思います。東の空を見上げて雨の気配を察知するよりもネットで雨雲の動きを見たほうがずっと正確な情報が得られます。ネットを見たら雷雲が接近しているようなので出かけるのを遅らせようとか、帰りは傘がいるなあ、などの行動が日常茶飯事になりました。窓を開けたら風が雨気を含んできたことを肌で感じたとか、夕焼けを見て明日の晴れを感じるとか、人間が本来持っているべき自然に対する繊細な感覚を現代人は失いつつあるようです。自然と共に生きる感覚をいつまでも持ち続けたいものです。

どんなに科学が進んでも、どんなに天気予報が進化しても、予想外のことは起こります。人間はどんなに頑張っても自然には勝てませんし、この世界は不確実性に満ちているのです。2年前には「想定の範囲外」と言う言葉が喧伝されました。すべてを想定して対処することはこの世界では不可能であり、すべてを想定の範囲内に収めることは不可能です。つまり、予想外の事態に遭遇することは十分に予想できることであり、ある意味でそれは自然と共に生きる感覚の一部であるように思います。最近、気象庁は「これまでに経験したことのないような大雨」と言うような新しい表現で注意を喚起するようになりました。やや客観性に乏しいですが、注意喚起するには十分なインパクトがある表現です。気象庁でも予報通りにいかない可能性が高い場合には悪めの予報を出すのでしょうか。

こんな風に書いていると、天気予報の伝え方と、病気の伝え方がずいぶん異なることに気が付きました。東京の天気予報は東京に住む人すべてに等しく関係します。老若男女、誰でも同じ天気のもとで過ごすことになります。しかし病気は一人ひとりすべて違います。例えば関節リウマチというひとつの病気でも、病気の起こり方、冒される関節、検査成績、重症度などなど、人それぞれです。待合室で他の患者さんとお話しされていて、同じ病気でもこんなに違うんだと思っておられる方は多いのではないでしょうか。

これはリウマチにもいくつかのタイプがあることと、人が皆、違う遺伝子を持った個体であることとの両方の要素が相まっているから、複雑な病状を呈するのだと考えられています。我々医師も病気の重症度や深刻さを伝える場合にはずいぶん注意します。病気は皆同じではないので、できるだけ可能性が高いことを伝えるようにしています。しかし、聞く方の患者さんも皆さん異なりますので、話は複雑になります。事実をそのままストレートに話をすることができない場合もあります。そのために不安を感じられたり、不信感を持たれたりする場合もあります。我々医師は、現在の医学レベルで最善と思われる知識を伝え、治療法を選択しようと思っています。そのためには、医師や医療スタッフと患者さんが良好なコミュニケーションが取れていることが必要になります。医療スタッフも心を開き、患者さんも心を開いていただいて、病気の診断や治療に最適な場を作ること、それが最善の医療現場であると思っています。

我々医療スタッフも受診される患者さんもすべて地球上の自然の一部であり、予想外のことが起こりうることも想定しながら、来院されるすべての患者さんに満足していただけるような環境が作れるように日々精進したいと思っております。

暑さ厳しき季節です。くれぐれもご自愛のほど。

2013年8月1日 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター 所長 山中 寿