センター便り 2013年3月

「春は名のみの 風の寒さや」

早春賦に歌われているのは、ちょうどこの季節でしょう。今年はずいぶん寒い冬ですが、暦の上では立春を過ぎています。今朝、自宅を一歩踏み出すと陽光が眩しく、暖かく、何となく柔らかで、春遠からじという気分になりました。気温は低いし、風も冷たいのに変ですね。物理学的には寒いはずでも、春遠からじと感じたのは、たぶん気温や風速では測れない、いろいろなものを私が感じたのだと思います。
通り過ぎる人の服装か、咲き始めた梅の香りか、あるいは蠢動を始めた虫たちの気配か。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感が、なんとなく春の気配を感じたのでしょう。

私たち医師も五感を使って診察しています。患者さんを診察する時は視診、聴診と問診、触診がとても大事です。まさか患者さんを舐めて味を診るわけにはいきませんが、嗅覚を使って臭いで診断できる病気もあります。私たち医師はこれらのことを医学部で学び、研修医として教わり、そしてその後の一生を通して患者さんから学びます。

しかし、医学は日進月歩であり、視診、触診、聴診をはるかに超える便利な機器ができています。医師の視診や触診は、MRIや超音波にはとてもかないません。また血液や尿の検査でいろいろなことがわかる便利な時代になりました。当センターでも採血結果がお待ちいただいているうちにわかる検査システムを本部では昨年から取り入れ、分室でも5月の連休明けから稼働いたします。このシステム導入により、当センターの診療レベルは向上し、患者さんの安心感も高まったと信じています。しかし、便利になれば、その分だけ失うものもあるのが現実。自動車ができて歩かなくなると筋力が落ちるように、診断機器が便利になった分だけ医師の基本的な診断技術が低下しないように、我々は気を引き締めねばなりません。画像所見にも血液検査にも表れないような病気のサインが潜んでいるかもしれない、ちょうど寒風の中に春の気配を感じ取った今朝のように。

暖かな陽光が待ち遠しいですが、インフルエンザ、花粉症、PM2.5、黄砂と気になることが多い季節でもあります。皆様も十分にご自愛のほど。

 

春と聞かねば 知らでありしを

聞けば急かるる 胸の思いを

いかにせよとの この頃か

いかにせよとの この頃か (早春賦の3番)

 

2013年3月1日 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター 所長 山中 寿