センター便り 2018年11月

sentatayori11春は花夏ほととぎす

 秋は月冬雪さえて涼しかりけり   (道元禅師)

 

この国に生まれ、四季の移り変わりを肌で感じながら育った私たちは、季節に特有の趣があることを知っています。桜やホトトギス、雪はそれぞれの季節に特有のものですが、1年を通して空にある月が秋の代表選手として出ているのは、中秋の名月の由来によるようです。満月が真南に来た時の位置が、夏は低く、冬は高い。秋はちょうど中間で、我々が見やすい高さに来ることと、秋は好天が続くこともあって、中秋が月見に最適の時期とされているそうです。

お月さまについて、少し考えてみました。

月は地球の唯一の衛星ですが、実は不思議なことがいっぱいあります。

まず、なぜ地球からは表側しか見えないのか?1959年にルナ3号が月の裏側に到達するまでは、人類は月の裏側を見ることができなかったのです。実は、月は地球の周りを28日間で公転していますが、ちょうど同じ周期で自転しているために、いつも月は地球に同じ顔を見せているのです。自転と公転という異なった動きがどうしてぴったり同じ時間になるのか、私にはとても不思議です。

もっと不思議なことは、地球から見える月の大きさと太陽の大きさがほとんど同じだということです。お気づきの人も多いと思いますが、日食では、月がほぼぴったり太陽を隠します。地球と月の距離は一定ではないので、時には皆既日食になったり、金環日食になったりしますが、太陽と月の見かけの大きさはほぼ同じです。これは、月の直径が太陽の400分の1で、地球と月の距離が地球と太陽の距離の400分の1で、この二つがぴったり400分の1だから起こる現象なのですが、この2つの数字がなぜ同じなのかさっぱりわかりません。結局は、偶然としか言いようがないのですが、すごい偶然だと思います。本当は、何らかの理由があるはずで、全知全能の神がいれば、これは偶然ではなく必然なんだと言うかもしれませんが、凡人の我々の目からすると、偶然というしかないわけです。

そのように考えると、この世の中には偶然、たまたま、思いがけず、運良く、運悪く・・・そのように言うしかない出来事がいっぱいあります。地震が起こるのも、病気を発症するのも、素晴らしい人との出会いも偶然。今日一日を無事に過ごせたのも偶然なのでしょう。偶然の出来事がなぜ起こるのかは人知を超えている。だから、私たちは何とか偶然を味方につけようと、神仏に祈るのだと思います。偶然に災難に遭わないように偶然に病気にならないように、偶然に良い出会いがあるようにと。

秋の夜長に、机に向って、とりとめもなく愚考してしまいました。冒頭の道元禅師の歌は、ありきたりの事柄とありふれた言葉を並べることによって、日本の美を伝えている、と川端康成が書いています。道元禅師は、自然の本来の姿を率直にめでることが悟りに大切であることを、この歌の中に示唆したそうです。ところが私は、この歌を素直に味わうのではなく、無節操にもあれやこれやと考えてしまいました。まだまだ全然、修行が足りないようです。

11月は晩秋。向寒の候です。くれぐれもご自愛ください。

2018年11月1日

東京女子医科大学病院 膠原病リウマチ痛風センター 教授 山中 寿